第2 0回:留学しないと学べないこと?
今年の7月でシカゴに来てまる3年が経ちます。今回は、これまでの留学を振り返って、そもそも何のために留学するのかということを考えたいと思います。留学しないと学べないことってあるのでしょうか。
まず、アメリカの大学で行われている授業の内容は、留学しなくてもだいたい知ることができます。現在、日本ではいろいろなも情報が手に入ります。海外の大学の情報は簡単に手に入るでしょう。インターネットを使えば、どのような授業があるかも、どのような教科書が使われているかさえも分かるでしょう。教科書もたいていはアマゾンで手に入る書籍です(論文の場合もありますが、図書館に行けば手に入る程度のものがほとんどです)。もちろん、授業での先生の話は直接聞けないものの、教科書を読めばたいていの授業内容は知ることができます。
授業の内容も恐ろしく難解なことをやっているということはないでしょう。学部教育などは日本のほうが進んでいるということもあるでしょう。また、Ph.DコースでもMBAコースの授業に出ても、内容自体それほど難しいことをやっているわけではありません。「MBAのマーケティング」とか、「MBAで教えるファイナンス」とかいった本が日本では数多く出版されています。それらを読めば理解できる範囲です。
授業内容だけではありません。僕は、企業の戦略や組織を研究していますが、アメリカにいないと研究できないということはありません。論文や必要なデータ、資料などは全て日本の図書館にあるでしょう。アメリカにいないとできない研究というのは限られています。留学したからといって、それだけで研究の質が向上するわけでもありません。
「留学しないと学べないこと」はそれほど多くはないかもしれません。日本にいて、その気になりさえすれば、たいていのことは学べるわけです。もちろん、「アメリカで医者を目指す」とか「弁護士になりたい」などの場合には、アメリカの大学の卒業が必要となるでしょう。理系の場合には、設備や環境の問題から「留学しないと学べない」ということはあるかもしれません。また、英語を身につけたいという場合も、留学は有効かもしれません。ただ、わざわざ「留学しないと学べない」ことは減ってきています。やろうと思えば、日本でもかなりのことはできるのです。
2つの種類の知識
ただし、「留学しないと学べないこと」は、やっぱりあるのです。知識には形式知と暗黙知の2つがあると言われています。形式知というのは、文章や図にして人に伝えることのできる知識です。本を読めば手に入れられる知識は形式知です。授業で使われている本や論文を読めば、だいたいのことは理解できますし、身につけることができるでしょう。これに対して、暗黙知は文章化が難しく、経験を積んだり、人と接したりすることによってなんとなく体得できるような知識です。
形式知の多くは留学しなくても学べます。本や論文をたくさん読めばよいわけです。自分で知識をどんどん獲得していけます。ただし、暗黙知は自分だけで学ぶというわけにはいきません。人とのインターアクションが必要なのです。
それぞれの国にはそれぞれの暗黙知があります。アメリカ、フランス、イギリス、ドイツ、韓国、中国、それぞれ違う暗黙知があるはずです。これは、実際にそこに行ってみないことにはなかなか触れることが難しいものです。「留学しないと学べないこと」はまさにここにあるのです。
例えば、どのような考え方が良いとされているのか、どのような考え方があるのか、みんなはどのようなことに関心があって、どのようなことに関心がないのか、などは実際に授業に参加してみて初めて分かるものです。学生の間のインターアクションも重要です。アメリカではどんどんプレゼンテーションをやらされます。どのような考え方をしているのか、どんな本を読んでいるのか、どのようなプレゼンテーションの仕方がうけるのかなどがだんだん分かってきます。
もしも、大学での教育のポイントが書かれている知識の吸収だけであるならば、留学など必要ないどころか、キャンパスすらもいらないでしょう。わざわざ決まった時間に決まった場所にいくことはないのです。貴重な時間を割くことなく、自分の好きなときにITを使った通信教育などで知識をアップデートしていけば十分なわけです。ただし、読めば分かる知識ばかりでは、すぐに追いつかれてしまいます。フェイス・トゥ・フェイスの教育のポイントはそこではないのです。形式知を教授や他の学生はどのように咀嚼しているのか、どのように理解しているのか、どのように物事を考えるのかなどに触れることによって、モノゴトを考える暗黙知が身についてくるのです。この暗黙知は取得に長くかかったり、その場にいないと触れられなかったりするやっかいモノですが、長く“使える”知識なのです。
IT革命は、既存の情報へのアクセスのコストを大幅に低減させました。しかしながら、その情報というのはあくまでも形式知です。暗黙知へのアクセスは依然としてフェイス・トゥ・フェイスでのコミュニケーションが必要です。勝負は「モノゴトを知っているか」よりも、「どのように考えるか」になってきています。
「留学」とまではいかなくても、自分のいる環境とは違うところにどんどん行けば、自分の持っていない暗黙知に触れることはできます。知識の引き出しを多くしていくのはとってもエキサイティングです。
|