第11回:道徳なのか倫理なのか、それともサッカーか
 「イギリスのティーン・エイジャーは素行が悪い」と言われています。ゴミ箱は街中にあるのですが、ゴミは平気で捨てます。ゴミ箱の中のほうがゴミがないぐらいです。バスでは、当然大騒ぎです。大騒ぎどころか、バスに向かって石を投げたり、自転車を盗んだり。やりたい放題です。アメリカのティーン・エイジャーも悪いですが、遜色ないぐらいイギリスのも悪いのです。

 僕は、大学の寮に住んでいます。寮なので部屋は狭く、不自由もあります。大学までもそれほど近いわけでもなく、家賃もそれほど安くはありません。それでも、落ち着いた住宅地にあり、住み心地もそれほど悪くありませんでした。

ただ、ちょっとした事件がありました。近所の小学生の高学年から中学生ぐらいの子供たちのイタズラです。最初は、自転車を盗むぐらいだったのですが、それがだんだんエスカレートしていきました。寮の敷地に入ってきて、さんざんわめきながら走り回ったあげく、打ち上げ花火を打ち込んできたりもしました。花火は隣の家の庭で燃え、小火になりました。

寮に向かって大量のニンジンやらグレープフルーツやらを投げつけてきたこともありました。新鮮な野菜や果物なら歓迎なのですが、あいにく近くのレストランのゴミ箱から拾ってきたものでした。近所のニュースエージェント(日本の20年前ぐらいのコンビニのようなもの)は襲われ、寮の女の子もトマトを投げられたり、バス停に行くところで殴られたりしたこともありました。寮があるところは貧しい地域ではないためか、明らかな金品目当ての強盗まがいという感じではありませんが、「イタズラ」にしては度が過ぎます。

 ティーン・エイジャーたちは、どこの国でも、いつの時代でも、ほめられたものではないのかもしれません。ただ、ロンドンのティーン・エイジャーの素行の悪さは、日本のそれと比べても目立ちます。イギリスの10代の妊娠率は、先進国でも最も高くなっています。喫煙、飲酒は11歳から常習化しているというレポートもあります。11歳といえば、僕は鼻をたらしながらガンダムとキン肉マンに夢中になっていた頃ですよ。

 この素行の悪さは社会問題の一つになっています。いろいろなプログラが実施されています。サッカーのプレミアリーグの規定を厳しくして、相手や審判をなじる行為を厳しく罰しようという動きも出ています。「サッカー選手の相手や審判をなじる汚い言葉づかいが原因の一つだ」と考えているからです。もしも、これで問題が解決するなら、汚い言葉づかいを罰するだけでなく、全て敬語にしても良いぐらいです。

 地域の連帯を高めようというプログラムもあります。素行が悪くなっている原因は、地域の連帯がなくなっているからだというわけです。地域のコミュニティの行事を増やしたり、学校と地域の結びつきを強めるための行事を多くしたりしています。

 『菊と刀』で有名な文化人類学者のベネディクトは、日本は「恥」の文化だと言います。何か悪いことをしてしまったときには、「恥ずかしい」と感じる文化です。恥の文化は道徳の文化です。道徳とは、まわりの人やコミュニティによって変わります。みんながダメだと言うからダメ、みんながしているから、自分もしても大丈夫というの考え方です。

 イギリスやアメリカは「罪」の文化だといわれています。何か悪いことをしてしまったときには、「罪」の意識を感じるわけです。これは宗教の規律に基づいた罪の意識であり、宗教の規律は基本的にどこにいっても変わらないわけです。みんながどうしていようが、ダメなものはだめで、良いものは良いという考え方です。これは倫理です。道徳と倫理は混同されることが多いけれど、元来は違うものだとベネディクトは言っているわけです。

素行の悪さを直すための対策としてイギリスでとられているアプローチを見ると、道徳系のものが多いようです。国や地域で、ある宗教の規律に従えというプログラムはできないことが原因です。もちろん、日曜日には教会に行かせ、しっかりと聖書を読ませるべきだというものもあります。ただ、一つの価値観を押し付けてしまいがちな倫理系のアプローチは、公然とはとりずらいのです。

 倫理の国で、道徳的なアプローチがとられています。これがどのような結果になるのかはまだ分かりません。ティーン・エイジャーたちの素行の悪さは、倫理とか道徳などとは全く関係ないものが原因かもしれません。5年後、10年後にでる結果が楽しみでもあります。もしかしたら、素行が悪かった彼らも、「いや〜。今の若い者たちは素行が悪くて困る」と言っているかも知れません。

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