追い手に帆を揚げる

うまく条件がととのい、自分の得意の部門で十分に実力を発揮することができることをいいます。運や、時流が特定の人物に幸いすることと同様です。

「追いて」は、もともとは「追い風」のことです。「疾風」は「はやて」と読むのですから「て」は、風と同意義です。
 しかし、これが誤って、イロハカルタには「得手に帆あげる」となり、それが慣用されることになりました。 つまり、風が吹いてきて、それをバックにして帆を上げて、艇が全力でノ走り出すことを表現しています。得意の分野が脚光を浴びて能力を十分に発揮できるような状態を船の航路に例えたものです。
 英語では“Before the wind”で、フォローという字は使いません。帆が風の前にあってはじめてヨットが走り出すのです。

 類語としては、「好きこそ、ものの上手なれ」「順風満帆」などがあり、まさに適材が適所で働けるような状態を表現したことになります。少々ニュアンスが異なりますが、「蓼喰う虫も好き好き」というのがあります。これは、人がいやがるようなことでも、「好み」が合えば、一生懸命やりとおす人もいるものだという諺です。

 部下の能力を伸ばす方法として、もっとも顕著に効果が上がるのは、「得意な部門で、本人の思うとおりにやらせてみる」ということだと思います。また、その結果を評価すれば、ますます能力を発揮し、成績を上げていくでしょう。
 反対に、不得意なことや、嫌々やっているような仕事では能率も上がらず、その人の能力は、ますます減退してしまうでしょう。 単純作業を好まない人に、無理やりやらせれば、ミスばかり多くて、企業側もロスが多くなるのですが、「作業は単純でも好んで丁寧にコナす人」もいるものです。

 吉田松蔭は人を教育することの上手な人だったことで知られています。松下村塾から輩出した人物が、明治維新の中心となって働いたことは有名ですが、気性が豪毅な人はますます剛く、緻密な人は、ますます周到に、武人は武人として、理論派は理論派としてそれぞれ大成したことは驚くべきことです。

 次の松蔭の逸話は、人を育てる秘訣を私たちに教えてくれます。
 松下村塾を開く前に、彼は海外に密航しようとして、捕えられ入獄の身となったことがありました。このとき、牢内には十一人の囚人がいましたが、それぞれに得意な分野があり、漢字にくわしい人とは四書五経の勉強を、俳譜にくわしい人とは俳譜を、書道に秀でた人とは書を共同で学習したとのことです。すると牢内は活気をとりもどし、全員が生き生きし、規律を守り獄吏をおどろかせたと伝えられています。  

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