草枕
「旅」そのもののことをいいます。派手で豪華なものや、集団の旅のことを指すのではなく、一人旅か、やや少人数の旅で未知の土地への旅のことをいうようです。
「草枕」といえば、先ず頭にうかぶのは夏目漱石の小説の題名だと思います。この言葉は古代から、「旅」の枕詞だったものが旅そのものを言うようになったのです。
その原典は、謀反の疑いをかけられた有馬皇子(658年刑死)が護送の旅の途次、詠んだ歌とされています。
「家にあれば笥に盛る飯を 草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」(万葉集巻二)。これは「家で平穏に暮らしていれば、ご飯は食器の中に盛って食べるのに、旅先ではご飯を盛る器がないために、椎の葉をその代りに使って淋しく食事をしている」ということです。
その後、枕詞としてでなく、「旅」と同じ意味で使われ、やがて一般化されて詩歌や文章のなかで頻繁に用いられるようになりました。 「旅」は人生の経験を豊かにし、ある時は、大きな安らぎを与えてくれますが、旅そのものを人生にたとえた話も少なくありません。
「草枕」についていろいろの角度から考えるのも面白いでしょう。
旅は見聞を拡げるという効果があります。「百聞は一見に如かず」「所かわれば品かわる」ということになります。また「人間到る処に青山あり」というような心情的なものもあります。
「旅は道づれ世は情け」とか「可愛い子には旅をさせよ」などのように、人情の機微を学ぶきっかけにもなるとされています。
「人の一生」のたとえとしては、徳川家康の「人の一生は重き荷を負いて遠き道を行くがごとし、急ぐべからず」などが有名です。「人生航路」「順風に帆上げる」「待てば海路の日和あり」「一路平安、前途洋々」」などは人生を船旅になぞらえた成語です。
現代の旅といえば「海外旅行」が大きく浮かびあがって来ます。
とくに若い人は気楽に外国へ遊びに行きます。語学研究やホームステイで外国人の生活を学ぶという目的のものもありましょうが、多くはレジャーや、観光のためです。
旅行会社の組んだ団体ツアーヘの参加や、学校が主催する修学旅行による「海外旅行」もなかなか盛んですが、安い航空チケットを手に入れて、単独や少人数での外国の旅がブームになっています。
急激な円高も追風になり、ますます若者の「海外編草枕」は盛んになるものと思われます。
人間の持つ未知の世界へのあこがれ、冒険を好む本性は、「旅」によって刺激されることが大きいと感じました。海外旅行によって学ぶ外国の知識は、既成のツアーからでなく、自身で開拓した新しい「草枕」によって深まるといえます。
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