石に漱ぎ流れに枕す
うまくこじつけて言い逃れること。または、負けおしみが強く、なんとか自分の誤りを訂正しないで理屈をつけて強弁してしまうことをいいます。
「晋書・孫楚伝」の故事から出た言葉です。
むかし、晋国に孫楚という人がいました。隠居するにあたって、親友の王済という人に「右に枕し、流れに漱ぐ」つまり自然のなかで悠々と暮らすから、右に枕したり、渓流の水で口をすすいだりするような生活をするのだと言うつもりで、うっかり「石に漱ぎ、流れに枕す」といってしまったのでした。
石で口をすすいだり、流れを枕にするということは無理というものです。王済に誤りを指摘された孫楚は、「流れに枕するというのは、俗世のくだらないことを聞いたとき、これを洗いながしてしまうことであり、石でロをすすぐというのは、石で歯をみがくためです」と言い逃れました。
このいいわけはあまりにこじつけで理屈が通らない面もあり、負けおしみが強いということにも通じます。
また、「流石」という字は、このことを良い方に解釈して「さすがうまくいいのがれた」ということからあてはめられたのです。
自分の意見が正論であるか否かは、第三者が判定するものであるのに、自分の考えが正しいということにこだわって、なかなか説を曲げないのが常です。
文豪の夏目漱石がこの故事から自分のペンネームを選定したのは有名です。彼がどうゆう考えでこの名を自分につけたのか、推測して参考としてみましょう。
一つには洒落で、世捨て人風のスタイルをとりたかったからだと思います。時の政府のご用命学者でなく、一歩距離をおいて、俗世界と対峙する心気が感ぜられます。「草枕」や「わが輩は猫である」のなかで、明治の西欧文明の導入に際して、それを批判的に眺めている学者の姿がうかびます。
博士の称号を辞退したのもそのあらわれであったかも知れません。
しかし、ただ単に仙人の姿に徹していたのであれば、文筆活動やあれほど多くの講演旅行などしなかった筈です。
やや斜めな角度から現世のあり方を鋭く見たのが彼の生き方だったのでしょう。
「こじつけ流理論」や「へそまがり談義」を愛好した、いわゆる大人の芸をこの雅号に託したようにも思います。
漱石の言葉には、「もともと私の自論は、こじつけや強弁のようなものが多いのですから‥…・」「真理かどうかは、保証のかぎりではありませんが…‥・」というような前提が含まれているように思います。
この故事は、その一つの例でもあります。つまり、世の中を一歩突き放しているところが見えるのです。
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