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鈴木敦子(すずき あつこ)
■プロフィール
横浜生まれ。東京大学教養学部教養学科卒、UCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)国際関係学科修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー社において、顧客企業の製品市場戦略、外資系企業の日本市場参入戦略策定などに従事。その後、人事コンサルティング会社、ワイアット株式会社において、顧客企業の人事諸制度の診断、設計、導入などを数多く手がける。現在、フリーでコンサルティング業務に従事。著書に「人事・労務がわかる事典」(日本実業出版社)「若者の力を引きだす人事サブシステムーインパクトプログラム」(共著、経営書院)などがある。


バランス・スコアカード(balanced scorecard)


 
前回はバズ・ワード(はやりのビジネス用語)はいつの時代もぶんぶんと飛び交っているのだけれども、それをバズとして終わらせてしまってはもったいない、本質的な意味を立ち止まって考えてみよう、という話をした。
 
さて、ここで考えたいのは「コンピタンス」という言葉である。「コンピタンス」とは何を意味し、われわれにどのような洞察をもたらすのだろうか。それを考えるには、どのような背景で「コンピタンス」という概念が登場したのか、つまり「戦略論」といわれる分野の発展の歴史をみる必要がある。


 いまではどこのビジネススクールにも「戦略論」(strategy)の講義がある。しかしこれはさほど古い言葉ではなく、70年代以前は「ビジネス・ポリシー」と呼ばれるのが普通だった。アンソフやアンドリュースといった学者が先導したこの時代の戦略論は、一言でいうと「手続きの枠組み」であった。
 
この時代の戦略論が強調しているのは、「戦略は企業にとって重要であり、重要だからこそその策定は明示的、公式的、手続きを必要とする」ということである。もう少し具体的にいうと、それは全社レベルの戦略と、個別事業のレベルの戦略を分けることであり、それぞれのレベルで、(1)現在の戦略の識別→(2)環境分析→(3)資源分析→(4)ギャップ分析(どの程度現在の戦略に変更が必要なのか)→(5)戦略代替案の識別→(6)代替案の評価→(7)戦略選択という分析的なプロセスで戦略を策定するということである。

 
アンソフの成長マトリックス、PPMによるSBU単位の全社的な資源配分、機能分野別ポリシー決定ツリー、コンティンジェンシー・プランニング、製品市場発展段階分析、経験曲線効果・・・・、あげていけばきりがないのだが、この時代の戦略研究はこうした分析枠組みを次々に提出してきた。それぞれの中身に触れる余裕はとてもないのであるが、70年代の戦略論はこのような、ある意味でばらばらに開発された手続きの枠組みだったのである。

 企業が重視すべき業績指標は時代とともに変化する。バランス・スコアカード(バランスのとれた業績評価指標、という意味)は90年代に生れた新しい業績指標の考え方である。
 より具体的にいえば「企業がビジョンを達成し、将来的に競争優位となり株主も満足できるようにするためには、(1)『財務的(financial)視点』とともに、(2)『顧客の(customer)視点』、(3)『学習と成長(learning and growth)の視点』、(4)『社内ビジネスプロセス(internal business process)の視点』、という4つの視点の業績評価指標が必要である」という考えかた、および具体的な業績評価モデルのことである。「財務的視点と非財務的視点」、「社内の視点と外部(顧客)の視点」の両方のバランスをとることが提案されている。

 
1992年に米国のキャプラン(Robert S. Kaplan)教授とコンサルタントのノートン(David P. Norton)氏が論文で紹介したことが始まり。
 
一般に、業績評価は財務的な視点に偏りやすい。しかし財務的業績指標だけでは過去の業績を評価できても「将来のビジョン達成のための準備がどの程度進んでいるか」を測定することは難しい。短期的な視野に陥りやすく、本来行うべき研究や人材への投資も行われにくくなる。


 
米国では1990年代になって「現場社員へのコミュニケーションや育成・権限委譲・やる気の促進の重要性が十分認識されていなかったこと」と「財務業績重視・短期業績重視の傾向が強かったこと」が最近の激しい環境変化への対応をおくらせたという反省が生じ、株主へ合理的な説明ができる非財務的な指標へのニーズが高まっていた。

 
バランス・スコアカードは、(1)戦略の成功要因と業績指標、および各業績指標間の関連性を分析することにより、非財務的指標の重要性を論理的に証明、強調し(ようとし)たこと、(2)財務・非財務の指標を全社的な評価制度に組み込み、戦略と実践を目に見える形で結びつけたこと、(3)バランス・スコアカードを共通語として、コミュニケーションを活発に行い、全社の方向性を揃えようとしたこと、といった点で上記のニーズにこたえ、注目されるにいたったのである。
 
ただし、バランス・スコアカードを本格的に導入することは、(1)戦略・企業目標を策定・設定、(2)成功要因の分析、(3)戦略やビジョンと整合性のとれる業績評価規準の策定、(4)業績評価基準に基づく評価・報酬・フィードバック、コミュニケーションの実施、(5)管理会計制度の見直し、(6)情報システム開発といった広大な戦略立案・実行プロセスの構築を意味する。簡単なことではなく、机上の空論となる危険も大きい。

 
バランス・スコアカードのデメリットや限界を理解した上で考え方を部分的に活用し効果をあげる方法も有効である。


バランス・スコアカードの業績指標例

4つの視点

業績評価指標例

財務的視点

総資産、一人あたりの総資産、総資産収益率、付加価値、売上高、売上高利益率、貢献益率、キャッシュフロー、 ROI

顧客の視点

顧客数、市場シェア、接客回数あたり契約数、顧客満足度指標、顧客訪問下記巣、苦情件数、販売までの平均所要時間、

社内ビジネスプロセスの視点

一般管理費比率、納品のリードタイム、生産のリードタイム、在庫回転数、 IT装備率

育成と成長の視点

社員の能力(スキル・コンピテンシー)レベル・能力の向上状況、部下の育成状況、モーチベーションレベル、定着率・退職率、教育訓練時間、エンパワメント指標、社員満足度





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