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■愛知学院大学 経営学部 専任講師 島本 実
■プロフィール
1969年、生まれ
一橋大学社会学部卒業、同大学院商学研究科修士課程、同博士課程修了
一橋大学博士(商学)
1999年より愛知学院大学 経営学部 専任講師(現職)
研究テーマは技術政策論、産官学プロジェクト論
主な論文は「革新官僚の台頭」『ビジネスレビュー』第45巻第4号、「YS-11プロジェクトの組織デザイン」『一橋論叢』第121巻第5号など |
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■百年スパンで考えてみよう
この数年来、何にでも「21世紀を迎えるにあたって」という枕詞が付けられるのをよく見聞きしたが、いざ実際に21世紀になってしまうと、世紀の変わり目なんか関係なく日常は流れていくのだなあというような感慨を抱く。それでも百年スパンで考えてはじめて見えてくるものもある。
経営学の誕生をテイラーやフェイヨールから数えたとしたら、現代でおよそ百年。大企業や大工場が現れたことによって、組織は大規模かつ複雑になり、その経営・管理の問題がクローズアップされるようになった。その意味で、経営学は20世紀の大企業体制の成立とともに生まれてきたといえる。では、それ以前の企業はどうだったのか。企業そのものの歴史はもっと古い。商業の歴史に至っては人類史とともにあるといってよい。しかし現代のような企業=モダン・ビッグ・ビジネスの歴史はやっぱり百年と少しである。
そもそも企業がこれほど大きくなったのは、19世紀後半のことである。それまではアメリカでさえ、50人従業員がいれば巨大企業だったのだ。では、なぜこの時期に大企業が世界に登場してきたのか。ちょっと考えれば、産業革命で蒸気機関が発明され、機械による大量生産が可能になったからだという解答が思い浮かぶ。しかしながら、そうなると最初に産業革命を経験したイギリスで世界初の大企業が現れてもおかしくない。だが実際にはそうではなく、先鞭をつけたのはアメリカである。
経営史の教えてくれるところでは、その理由としてイギリスでは市場がよく発達していたというのが通説である。例えば、アダム・スミスが市場メカニズムを「神の見えざる手」になぞらえ、経済学を創設したのもイギリスである。市場が発達していれば、企業は原材料を少しでも安い業者から買ってくればよい。作った製品は商人に売ってもらえばよい。いうならば何でも簡単に安く市場で調達できるなら、全てのことを自分でやる必要はない。だからそうした場合には企業の規模が拡大する必然性がない。
しかしアメリカでは、19世紀後半に鉄道が普及し、電信が発達して、アメリカ中のマーケットで製品が売れるようになったときに、まだイギリスほどは市場経済が発達していなかった。そこでアメリカ企業は、自ら原材料を作り、製品を売って、アフターサービスまで自分で行わねばならなかった。そのために前方、後方に垂直統合を進め、企業規模を拡大させていったのである。その結果、取引は企業内部で経営者の「見える手」によって行われ、たくさん作ればそれだけ安くなるという原理を活用した大量生産、大量販売の時代が到来した。
企業体制の変化は、テクノロジーだけによって起こるのではない。テクノロジーとマーケットに適したシステムをいち早く組み上げたアントルプレナーが新しいパラダイムを先導してきたのである。
その意味からすると、大企業体制の百余年の歴史も20世紀の終焉ととに、そろそろ再び転換期を迎えているのかもしれない。情報テクノロジーの発達は、ネットを介して今まで手が届かなかったマーケットを作り出す。しかもこのテクノロジーの変化は情報が縦横無尽に時間、空間を超えるという点において、いわば伝達可能な情報に関してはあたかも理念的な市場に近づく可能性をもっている。
電脳を通じた「神の見えざる手」の再来である。そうなると、その際に最適な企業の規模は、従来のような20世紀型の大企業とは明らかに異なる。イギリスとアメリカの例を見てもわかるように、企業はテクノロジーとマーケットの条件によって適した規模は違うのである。特定の産業では今後、大企業になることがイコール成功ではないという時代が、すぐそこにまで近づいている。
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