プロフェサー・ルームようこそ!  各界の第一人者がさまざまな視点からビジネスマン必見の話題を掲載しています。


■一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授 楠木建氏
■プロフィール
楠木 建(くすのき けん)一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICS: International Corporate Strategy)助教授。専攻はイノベーションのマネジメント。新しいものを生み出す組織や戦略について研究している。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)を経て、2000年から現職。1997年から一橋大学イノベーション研究センター助教授を兼任。組織学会理事。
著書・論文としてInnovation in Japan (1997、Oxford University Press・共著)、Technology and Innovation in Japan: Policy and Management for the Twenty-First Century (1998、Routledge・共著)、Japanese Management in the Low Growth Era: Between External Shocks and Internal Evolution(1999、Spinger・共著)、「システム分化の組織論:イノベーションの組織論のイノベーションに向かって」(1997)『ビジネス・レビュー』、"Incapability of Technological Capability." (1997) Journal of Product Innovation Management、"Interfunctional Transfers of Engineers in Japan." (1998) IEEE Transactions on Engineering Management (with co-author) 、"Organizational Capabilities of Product Development in Japanese Firms." (1998) Organization Science (with co-authors)他多数。趣味は音楽を聴くこととバンド活動。1964年東京都目黒区生まれ。


なぜ「コンピタンス」なのか

 戦略論の有名な研究者にポーターというハーバード・ビジネススクールの教授がいる。ちょっとでも戦略論をかじった人ならば、聞いたことがある名前だろう。ポーターの有名な本、『競争の戦略』のどこがすごかったのか。

 
それは「手続きの枠組み」だった戦略論を「思考の枠組み」へと大きく転換したことである。ポーターが革新的だったのは、それがひとつの一貫した視点から出発しているという点にある。このことは本のタイトルに如実に現れている。「競争戦略」(competitive strategy)という言葉自体が彼のオリジナルなのだが、ポーターは戦略論に初めて明示的に「競争」という視点を持ち込んだ。いかにして競争他社との「違い」をつくるか、それによっていかにして競争他社よりも優れたパフォーマンスを実現するか、『競争の戦略』はこの一点に集中している。
 
それはもはやひとつの企業で閉じた手続き的作業ではなく、競争という複雑な現象を扱わなくてはいけないものであった。そのためにはどうしても統一的な視点が必要になる。『競争の戦略』の貢献は、それが複雑な競争をどう考えるかという思考の枠組みであったということにある。

 ポーターによれば、競争他社よりも優れたパフォーマンスを達成するためのカギは次の2つである。
第1に、どこで競争するかという業界の選択。どうやって競争すべきかよりも、まず利益ポテンシャルという点で魅力的な業界はどこか、どこで競争すべきかを考えるべきだとポーターは言う。
第2に、ある業界の中でのどこに自社を位置づけるかという問題。ひとつの業界にはいくつかの戦略グループ(同じような戦略をとっている企業の集合)がある。


 
どの戦略グループを選択するのか。ポーターのいう戦略とは、一言でいうと「ポジショニングの選択」の問題である。まず全体(無限の競争空間)があって、そのなかでどの業界に自分を位置づけるのか、その業界の中でどこに自分を位置づけるのか。こうした階層的なポジショニングに焦点をおく戦略論は、その後急速に支配的な考え方となった。その視点は今でも十分に洞察にあふれている。

 
ところが、80年代の終わりごろから、「企業間の違いやパフォーマンスの格差はどこからくるのか」というポーターと同じ戦略の問題を、ちょっと違った視点から考える人々が現れた。
「資源ベースの戦略論」(RBV: Resource-Based View)である。

RBVの人たちはこういう疑問をもった。確かに魅力的な業界で競争することは重要だ。そこで明確に自社をポジショニングすることが戦略だということもわかる。しかしどの企業も考えることはだいたい同じじゃないか。誰もがポーターの本を読んでいる。合理的にポジショニングの選択を繰り返して戦略を立てるだろう。にもかかわらず、同じ業界で同じ戦略をとっているようにみえる企業にも厳然としてパフォーマンスの違いがある。それはなぜだろうか。

 ポジショニングの選択を重視するポーターの戦略論は相対的に企業内部の資源や能力を軽視してきた。企業というボックスを全体のどこに位置づけるかについてはふんだんに理解を与えるが、ボックス自体の中身はあまり問われない。その背景には「必要だったらもってくればいいじゃないか」という経営資源についてのクールな前提があった。
 
もちろんポーターが資源の重要性を無視していたわけではない。特定のポジショニングをとるためには、自社の資源や能力との適合を考える必要がある。しかしそこで優先するのはあくまでもポジショニングである。魅力的な構造にある業界を見出したら、企業はそれを選択する。もしそこで必要な資源が不足していたらそれは調達すればいい。こういう考え方である。

 RBVは企業を資源や能力の束として捉える。ボックスをどこに置くかよりも、その中に何が詰まっているのかを重視する考え方である。RBVには次の2つの前提がある。

 
ひとつは、資源や能力のあり方は企業によって異なるという「資源の異質性」(resource heterogeneity)、もうひとつは、資源をある企業からある企業に移動する(企業の立場でいえば、外部から調達したり模倣する)のは簡単ではないという「資源の固定性」(resource immobility)である。さまざまな資源や能力の中で、その企業に独自で(したがって異質性が高く)、さらに真似しようとしてもなかなか真似できないような(つまり固定性が高い)もの、それが「コア・コンピタンス」である。
 RBVという考え方は、このような意味での中核的能力が長期的な競争優位を構築する上で決定的に重要であると強調する。
 
もしポーターの(暗黙の)前提のように、資源や能力がマネジメントの意向次第で常に外部から調達可能なものであるとすれば、すばらしいポジショニングを発見しても、その競争優位は一時的なもので終わってしまうかもしれない。しかし、異質性と固定性が高い能力を構築できれば、ある業界のあるセグメントに限らず、さまざまなところでそれを通じて競争優位を獲得できるはずだ。

 
ポジショニングよりもコア・コンピタンスを基盤において戦略を立てるべきだ。「コア・コンピタンス」という言葉は、そう主張しているのである。ポーターの戦略論がどちらかというとスタティックな「選択」(の繰り返し)に傾いていたのに対して、RBVはコンピタンスを「つくっていく」という戦略のダイナミックな側面を重視している。その意味では、戦略論がプロセスに回帰してきたともいえるだろう。

 最近のIT、特にインターネットが企業に与えるインパクトをどうみるか。低コストでオープンなインターネットは業界の競争構造が大きくシフトさせる。ポーター的な考え方にたてば、これは新しいポジショニングの発見を可能にするという意味で大きなチャンスである。
 
しかしコンピタンスというコンセプトは別の見方を与えている。インターネットは低コストでオープンなだけに、これまでは企業の情報的資源の異質性や固定性を大きく下げる方向に作用する。だとすれば、これまではコンピタンスでありえたものがコンピタンスでなくなってしまう。
 
インターネットは企業にとって、最低最悪の脅威なのかもしれない。どちらが本当なのか。どちらも正しい見方である。大切なのは、ひとつの現象について、統一的な視点(それが複数あるとなおよい)をもち、それに基づいて考えることである。そこから新しい思考と行動が切りひらかれる。コンセプトを知ることの意味もそこにある。

 
バズがバズになるにはそれなりの理由がある。世の中の動きの本質を捉えていたり、重要かつ普遍的な洞察を含んでいるはずである。いまはバズワードとしてぴょんぴょん飛びかっている言葉であっても、本質的な意味内容やその背景にある論理なりインプリケーションを立ち止まって考えてみよう。毎日、新聞で見るさまざまなビジネスの現象が違って見えてくるはずである。


株式会社 アイ・イーシー  東京都千代田区飯田橋4-4-15
本サイトのコンテンツの無断転載を禁止します