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■北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助手パトリック・ラインメラ氏
■プロフィール
ボッコニ大学(ミラノ)、ケルン大学大学院1990年MBA。ミラノにおける戦略コンサルティング会社を経て、ケルン大学経営学部1995年Ph.D.取得。一橋大学商学部研究科・産業経営研究施設客員研究員後、北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助手、現在に至る。University Cattaneo CastellanzaにVisiting Professor。主な著書はProduct Semantics、Marketing Trends in Japan,「マーケティング革新の時代-製品開発革新」有斐閣1999年(15章)。論文等はEuropean Management Journal, Journal of Management and Governance、Journal of Design Theory, 情報系,デザインニュース、JIDPO,日経デザインに掲載。

All things are ready,if our minds be so.
Henry V, Shakespeare

■「一期一会」加速化過剰

あなたの年齢は?世界銀行によると日本人の平均寿命は、男性は77歳、女性は83歳と極めて長い。それでは自由に使える自分自身の時間はあとどれぐらい残っているだろうか。仮に睡眠時間を8時間、そして労働時間を8時間とすれば、残りの時間は3分の1になってしまう。さらに通勤時間などを差し引いてみると長く思えた残り時間も心許無いことがわかる。
もし、時間が少ないと感じたらまずその加速化を考えるだろう。少ない時間で速くつまらないことを終わらせて、もっとたくさん好きなことを速く体験できるようにしたい。このような時間の加速化は究極的な時間の戦略と思われるが果たしてどうだろうか。
現実にインターネットは新たな時間の考え方を浸透させ、インターネットタイムは時間の加速化そのものを表している。この状況下、企業が国境を越えたメガ競争に生き残るためには敏速かつ柔軟(アジャイル)でなくてはならない。シリコンバレーにおける伝説的な企業家やシスコ、オラクル、サンなどのベストプラクティスは、情報技術を売買することによってではなく、IT(情報技術)を生かし活用することによって、環境の変化に敏速に適応し大きな成功を収めた。
では、全ては加速化されるのだろうか。加速化は社会や、経済において様々利益をもたらす。例えば交通渋滞によって奪われる貴重な時間は、トヨタ等が開発するVICSの情報システムによって少なくなるだろう。さらにビデオ・コンファレンスなどによって移動の時間が不要となり、iモードなどの出現によって全ての情報を瞬時に入手することができるようになるだろう。すでに現在インターネットや携帯電話の普及で「すぐに繋がる」ということが常識化し、人と人の連絡はかなり加速化され、待つ時間が減少した。しかしそれによって弊害も生じている。まず、「いつでも呼び出される」。寝ているとき、忙しいとき、話したくないときなどに限って必ずといっていいほど電話が鳴りメールが届く。連絡は連絡を呼び、加速は加速化を招く。そして連絡は素早く安易に誰ともできるようになった。、しかし電子メールなどで連絡をとることは単なる「connecting」でありクールな技術による情報処理でしかない。それは人間どうしの関係をつくる「relating」の初期段階にすぎず、したがって、敏速で便利な情報技術だけでは、よりよい人間関係を構築することはできない。そのためには時間をかけた感情の共有が必要となる。
つまり、加速化には短所が伴い、全てのプロセスを促進することは不可能だ。それは、促進すると変容し、意味を損失してしまう事柄が多いからだ。音楽を例にとると、ある音楽を速い速度で演奏してしまったら、元の音楽が分からないぐらい変わってしまう。アニメや映画も同様。エヴァンゲリオンを見るには何時間もかかる。しかしそれを5分以内に加速してもらっても見る気はしない。「マトリックス」は現代の情報技術、加速化に相応しい映画だ。その中で欠かせないのは爆発シーンだが、これも高速度で見せられてもおもしろくない。現に、「マトリックス」の目玉のシーンはスローモーションで、加速化を拒否しひとつのシーンを時間をかけてじっくり見せている。全てのプロセスにおいて加速するか、しないかを選択することはできる。しかし、現実では映画のように特撮は使えず、リプレーやスローモーションも不可能。よって加速化は明確な目的のために追求すべきであり、それが戦略的時間になる。つい先頃日立は研究開発速度を倍にすることを決定したが、最も大切なことは、全てのプロセスを加速化するのではなく、何を加速し、何を加速しないかを見極めることだ。枝葉末節は大いに加速化を進め、重要な事柄に時間をじっくり投資し、本質的な現体験を得なければならない。



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