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人事コンサルタントとして取り組んできたテーマの1つに営業部門の成果配分がある。これは私が銀行系のシンクタンクに在籍した時代、成果配分セミナーを何度か開催し、そこからの展開で、営業部門における成果配分をコンサルティングのテーマにしたことが発端である。
私は当初、個人の活躍度に応じて成果配分することは正しいことで、組織の活性化に役立つと思い込んでいた。確かに、総額人件費と会社の収益性に応じて段階的に改善することはよいことかもしれない。現在でも、そういう視点は労使交渉にある程度あるように思われる。
ところが、個人単位の成果配分ないし業績給というのは問題が多く、組織を荒廃させるようだ。しかし、日本では現在、成果主義が緒についたばかりで、成果ないし業績で処遇を決定する方向で人事が運営されている。このままでは危険も多い。なぜなら、成果主義に近いやり方は、関西の中小企業で90年代前半から大胆に実施、導入され、ほとんどが失敗してしまったからである。この数年になり、大手企業が成果主義を始めたが、実は国内では後発のことであり、それは米国に学んで始めたものでもない。以前からの下請け企業や販売の最前線の企業が大手企業に先駆けてやっていたのが、今で言う成果主義である。
私は1990年に人事コンサルタントになったが、その当時、積極的に成果配分方式や部署別業績責任制度を導入した。しかし、そういうやり方に飛びついた会社の多くはさまざまな問題を抱えている。その多くは関西の中堅中小企業である。なぜ問題となったのか、これもテーマになるだろう。
関西では、昔から「売ってナンボ」とか即物的で衝動的な考え方が根強い。関西では東京で流行っているセミナーなどほとんど相手にされず、いわゆる根性論、精神論が今も強く支持されている。講師も関西でだけ売っている人が多く、「従業員に喝を入れる」など恫喝的なものが受けている。そんな土壌もあり、外資系のコンサルティング会社は事務所を開こうともしない。人事制度のコンサルティングでも、よそよりも安くやってもらったとか、よそがやってもらった資料を転用して間に合わせたことがいいことになる。コンサルタントの商売は非常にやりにくい激戦区である。不思議なことに、中国地方、四国方面、中部方面に出ると、いずれも東京価格で通用する。ある意味で経済特区かもしれない。
成果配分を導入した具体的事例を紹介したい。この会社はCMプロダクションで、関西でも業界大手である。年間の扱い高のうち、粗利によって年俸を決めることになった。年俸は粗利のおよそ25%と決められたが、人件費予算は次のように決まることになった。先ず粗利から事務所賃借料などの経費を引いて支払い可能額を決め、経常利益を大雑把に決め、役員報酬、事務系スタッフの給与、制作スタッフの給与などを引く。その残額がプロデューサー割り当て人件費の総枠になる。そこから各プロデューサーの報酬を決める。基本的に粗利がベースになるが、原価率も多少勘案することになった。原価率とは受注額に対する作品原価の割合のことである。
このように改定する前は総合決定給だったのだが、改定後は、売上・粗利の多いプロデューサーの報酬は跳ね上がり、役員よりも高くなることもあった。一方、売上の少ないプロデューサーの報酬は制作と差がなくなり、大きく減少してしまった。これは成果主義を唱導するコンサルタントには望ましいことだとされている。
しかしながら、どういう顛末が待ち受けていたのだろうか。先ず、成績を上げているプロデューサーが仕事を抱え込んで、譲らなくなったことである。しかし、顧客満足度の低い作品を納品していると、リピートができない。プロデューサーの中には顧客を食いつぶす者も出てきた。また売れないプロデューサーには商談の機会すらなく、拡張できない取引先をお守りするだけになってしまった。成績のよいプロデューサーは、傲慢になり、自分の売り込み先を増やさせてくれ、それが会社のためになると主張し始めた。またトップの指示が徹底されにくくなった。どんな指示があっても、さほど真剣に受け止められない場面も出てきた。こうして全体としての売上は下がり、原価率を下げよ、無駄な交際費を使うな、という掛け声もほとんど相手にされなくなってしまった。それどころ、売上を上げない事務スタッフや役員層を槍玉に上げる者も出てきた。
実は私がこの会社に関与するようになったのは、その数年後のことであり、成果給を年功給ないし行動評価ベースの報酬に変えるのに5年ほどかかった。なぜ5年もかかったかというと、それには経緯がある。
1つには業績が下方気味で、報酬改定原資がなかったことである。すでに多く取っている人は減額されることに強い抵抗を示したし、自分たちの報酬を下げるくらいなら、ほとんど売上を上げていないぶら下がりを排除してほしいと言い出した。しかし、少ない売上の人でも、粗利で2000万くらいある。コンサルタント業界の常識から言えば、それだけの成果を出せる人を解雇にしないものだ。こうした声が出てくるほど、現場の発言力が強くなっていたし、その声にトップも耳を傾けるようになっていた。実際、改定を通じて3名のリタイアを出さざるを得なかった。
また難しいのは昔から取引がある顧客と、新規受注というふたつの売上があることだった。新規受注してきたプロデューサーは、新規分は配分率を高くしてほしいと強く主張していた。それが無理なら、売上の出てきやすい折衝は任せてほしいと言い出した。これに対して、トップは、長年のクライアントを減らさずに維持し、粗利を確保することも難しいではないかと反論した。確かに、新規受注に強いプロデューサーは、クライアントを食い潰している傾向が見られた。クライアントからの苦情も、新規に強い攻撃型のプロデューサーに多かった。
また同僚とのライバル意識を燃やして協力態勢が取りにくくなるようだ。この会社の場合、制作スタッフの貸し借りが非常に問題になり、会社としては仕事があるのに、あまりにも忙しいスタッフと、さほどでもないスタッフがいた。しかし、交流したり、適宜、手伝うということができなかった。つまり、個人別の結果重視の評価システムが、協働性やチームワークを根底から揺るがしていたのである。
私はこういうコンサルティングの経験から、成果給や業績給の弊害は多いと考えている。売上が伸びていく時期はそういう仕組みもある程度刺激だし、励みになるかもしれない。しかし、そんな状態が長く続くことはなく、仮に長く続いても数年でマンネリ化し、水準が高くない場合は報酬に不満が出てくる。一方、売上が減っていく時期にそういう制度を導入すると、報酬への不満が強くなり、同僚への協力や部門間の連携が取りにくくなる。トップに対しても信頼よりは不信感が強くなり、突き上げが出てきたりする。
こうした経験を踏まえ、私はチーム営業の本を書くことになった。『最強の「営業チーム」づくり』という本である。この本では、組織経済学のウィリアムソンの理論を紹介している。機会主義とは、組織内に市場原理を取り込んだ場合に生じる現象で、相手の足元を見て行動する、もっと言えばつけ込むことである。成果主義とは、単純に言えば、組織内に市場原理、競争原理を持ち込み、そうした原理で組織を運営することによって、機会主義を引き起こすものである。機会主義は味方どうしを敵にしてしまい、味方どうしで傷つけ合ってしまう。そんな組織はコンサルティングの事例を見ても成功例がないし、米国の経済学者がうまく行かないと指摘している。成果主義に当たる英語はなく、そういう考えが組織を成功させると書いた本もない。むしろ出自は関西の中小企業である。
では、人事評価はどのように行なうべきなのか。それは行動評価によるべきだというのが米国では共通認識になっているようだ。Groteなどによれば、1980年代の初頭には、目標管理型の業績評価は次第に運営が困難であるという認識が一致してきた。部下が少なめの計画を立てたり、一方で高い計画を上司が押し付けたり、そうした攻防は客観的な評価を可能にしないばかりか、モチベーションの上でもマイナスである。それに代わる業績評価の手法として行動評価が出てきた。この行動評価はコンピテンシーとは関係なく、行動評価尺度の発展とともに広がってきたものである。
行動評価尺度で最初に登場してきたのは行動アンカー法(Behavioral Anchor Scale)である。これは職務分析を通じて発見した職務行動に評価をつけ、その平均点を、たとえば、3.5とか2.7といったふうに評点にして、評価するやり方である。このやり方は1963年に看護師の評価をする際に使う方法としておよそ半年以上の歳月を費やして開発したものである。しかし、こうした手法をあらゆる職務に対して適用するのは難しい。実際、米国でもそうしたことは行なわれていないようである。
私の職務分析のやり方、次のような手順で進めることが多い。
《職務分析の手順―抜粋―》
@ 職務の分類
A 職務ごとの主要な課業の確認
B 職務における代表的な1日の仕事内容
C 職務ごとの指示の度合い、裁量の度合い、
D 職務を遂行する上で必要な知識やスキル、経験など
E 職務を成功させるキーとなる行動や特性
大雑把だが、こうした点を職務ごとに整理し、ヒアリングし、プロジェクターなどに映写しつつ、活字にしてみる。こういうプロセスを抜きに、等級制度や評価制度を作ってもなかなかしっくりこないものである。たとえば、電鉄の関連会社のコンサルティングに関与したが、等級が2つ以上必要ないことが明らかになった。実際には3つの等級にまたがっていた。業務を見直すことで、将来的に同一等級にすることが適切と判断した。等級を分けるということは3年以上の経験、習熟でどうしても昇格で仕切っておく必要性がある場合だと思うが、そのような必然性がない場合、等級を合体させたりする。等級を合わせることをブロードバンディングという。いずれにしても、職務分析は不可欠である。
日本企業が数年前、コンピテンシーに飛びついたのは職務分析をしないで人事制度が作れるという点が大きかったと思う。しかし、そんなばかげたことはありえない。いくら簡便でも、職務分析の目線は不可欠である。企業がよく言う等級はいつも多すぎると思う。もっと簡略にしても処遇できそうに思える。ただし、同一等級の中でランク分けとかしないといけないかもしれない。もし1等級シングルレートなら、等級はもっと多くなるかもしれない。ただ、その場合の等級は「3級−A」とかいうのでもよいと思う。習熟によってレベルが変わってくるという意味では、等級はそんなにたくさん必要ない。
行動評価尺度に関しては、私が好きなのは、行動要約尺度法(Behavioral Summary Scale)である。これは、1つの行動基準に対して、ハイレベルの行動とローレベルの行動、平均的な行動を3つそれぞれ記述し、おおむね5段階で評価する方法である。職務分析に合致しやすいし、評価者から見てもわかりやすいと思う。このほかに、行動観察尺度法(Behavioral Observation Scale)などたくさんのやり方がある。評価者に逆算をさせない点で一致しており、ある意味で優れているが、評価者の納得感が得にくいということで、導入した経験はない。もちろん、そういうやり方があること、そして米国ではそういうやり方がときに主流であることは紹介しているのだが。
さて、営業がチームでないと機能しないことは言うまでもない。それは職務分析によっても明らかになる。誰に対してサービスしているか、誰の指示で動いているか、どんな仕事があるのか、などを考えるとき、一人で全てやるという組織は効率的ではない。プロデューサーの例で言えば、受注のうまい人もいれば、制作進行がうまい人もいる。そういう人が渾然一体となって、強い組織づくりを進めていかないといけない。
また組織行動を支える評価システムは、行動重視の評価制度であり、結果や業績を偏重する基準ではない。成果配分を重視していた金融系企業の1つが組織を4分の1にするリストラを行なうとニュースにあった。成果配分や成果主義は長く組織に活力を与えることはない。またコンプライアンスを軽視する行動を誘発させてしまう。
また最後に指摘しておきたいが、成果主義をPay for Performance と訳す人がいる。Performanceは業績の意味であり、また働きぶりを意味する。それはむしろ職務行動のことである。逆に訳せば、それは「職務行動の評価に基づいた報酬の意味」である。職務行動にチームワークや協働性はもちろん含まれてくる。
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