物理 |
は嫌いな人でも、自然現象を探求するのは好き !? |
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――上智大学にて、文系学生を対象とした一般教養講義として「身近な物理」を教えていらっしゃるそうですが、 その講座ができたきっかけはなんでしょうか? また、実際に文系の学生に教えてみての江馬さん自身の感想や学生の反応はどういったものだったのでしょうか?
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文系の学生用に「身近な物理」という講義を設けた理由は、理系科目が嫌いな学生にも、「理系の考え方や面白さを知ってもらいたい」という目的からです。理系嫌いの学生は、理系科目の中でも物理が一番嫌いなことが多いようです。そこで敢えて物理を選び、身近な物理現象を中心に、面白く物理を教えるための講義が誕生しました。
私が担当したのは10年くらい前からですが、最初は30名くらいの受講生だったのが、今では400名くらいにまで増えています。公式は殆ど使わずに、身の回りの現象で興味ありそうなことばかり話すので、学生の反応は大変良いです。物理が好きになったという学生も多く、最後に出してもらう自由課題のレポートでも、オリジナリティ溢れる素晴らしいものがいくつかあります。時々、ちょっとした実験も行うのですが、実験になると講義よりも楽しんでいる様子がわかります。楽しそうな姿を見ていると、物理という科目は嫌いになった学生でも、自然現象を探求するのが好きなんだ、ということが良くわかります。
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――「理系思考」という言葉があります。 ですが多くの理系思考に関する書籍は文系の著者が書いていて、 その中に出てくる理系思考は文系目線に過ぎるというか、ちょっと首をひねるところもあります。
そんな中、理系の江馬さんに「理系思考」、本講座では「サイエンス思考」と呼んでいますが、それについて書いていただき、とても新鮮でした。 詳しくはテキストに書かれていると思いますが、
江馬さんが考えるサイエンス思考とは、端的に言うとどのようなものでしょうか?
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特に首をひねるということはありませんが、ちまたで言われている「理系思考」という言葉が持つイメージの中には、文系と理系を極端に分けすぎているような感じは受けます。理系思考は論理的だと言われますが、文系の思考だってもちろん論理的な部分が多く、論理的かどうかということと、文系か理系かということは直接的には関係ないと思います。理系思考に論理的思考は必要ですが、単なる必要条件のひとつということだと思います。
サイエンス思考とは何か、ということに対して端的に答えることはできません。いろんな要素があるからです。でも特に大事なことは、どんなことに対しても、「なぜ?」と思う気持ちと、そう思ったら、その「なぜ?」を知りたくなってたまらなくなる好奇心の強さです。このような強い好奇心は、子供は皆持っているものです。理系というのは、いつまでも子供のような気持ちを持っている人種なのかもしれません。
もうひとつ特徴的なのは、何事もすんなり受け入れず疑って掛かるところがあります。そう言うと、性格が悪いみたいに聞こえてしまいますが、そうではなく、自分の考えや自分の中で持っている理屈に当てはまるかどうか、慎重に見極める癖があります。納得すれば受け入れますし、もし納得いかなければ、受け入れないか、または自分の考えを修正していくかになります。性格が悪いのではく、受け入れることに慎重なのです。悪いことではないと思います。
いずれにせよ「理系思考とはどんなものか」ということは、理系の内容を学ばないと絶対に“実感として”は分かりません。理系的内容の中身を全く学ばずに、理系的な思考方法だけ身につけようというのは虫の良すぎる話です。実感としてわかってもらうために、本講座では、理系の内容、特に物理を中心に学ぶようになっています。
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まず |
は「自分で考える」という姿勢がなくなってきている |
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――少し前まで「理系離れ」という言葉がよく聞こえてきましたが、最近また理系人気が復活してきています。 この変化についてどう思われますか? また学生の質や傾向に、なにか変化はあるのでしょうか?
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理系人気が復活しているのは、最近の就職難のせいでしょう。理系の方が手に職がつくという感覚があるので、就職がしやすいという意識からだと思います。決して、理科離れが解消しつつあるわけではないと思います。
最近では、何でもインターネットで調べることができるので、「まずは自分で考える」という姿勢がなくなってきているように感じます。すぐにネットで調べて、多くの情報を手に入れようとします。必要な情報を手に入れるのは大事なことですが、まずは、自分の持っている知識と情報だけで考えてみる、という習慣が薄い気がします。
しかし、このことは、コンピュータに代表されるように、高度な技術がつまった便利なものが身近に溢れているせいもあります。昔だったら、おもちゃや簡単な機械に対して、「ちょっと分解して、中がどうなっているか調べよう」という子供が多かったのですが、今のおもちゃでも電気製品でも高度すぎて、そのようなことができません。理系分野が成長して、高度な製品が多くなったために、理系的センスを鍛える分解ができなくなったのは皮肉なことです。
ですから、回りの環境のせいで理科離れがあるのであって、人間の本質として理科離れになっているわけではないと思います。教育や環境を上手く改善すれば、もっと理科離れはなくなってくると信じています。
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日本 |
人は理系分野で活躍する潜在能力が非常に高い !? |
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――京都大学の山中教授がノーベル医学・生理学賞を受賞されました。 ここ最近、隔年で日本人科学者のノーベル賞受賞者が出ていますが、 今後もこういった開発力、研究力、競争力を保つためにはどういうことが必要なのでしょうか。 また研究者の使命と、どのように使命を果たしていくべきか、お考えをお聞かせください。
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日本人は、元々論理的に考えることが得意な人種だと思います。さらに、勤勉であり、手先も器用という素晴らしい特徴があります。ですから、理系分野で活躍する潜在能力は非常に高いのです。ノーベル賞だって、もっと出てもいいくらいだと思います。戦後十分に経済が復興したのに、20世紀中には日本の受賞者があまり出なかったのは、日本の研究環境が欧米に比べてかなり見劣りするものだったことが理由のひとつです。それが、この20年くらいで大幅に改善されてきています。それでもまだ十分な環境とは言えませんが、世界で十分戦えるレベルになっています。 |
日本人の研究能力は非常に高いので、今後もコンスタントに受賞者を出していくと思います。 ただ、研究は継続していかなければいけないので、次の世代の研究者が必要です。理科離れが残ったままだと、次の世代の優秀な研究者が育ってきません。研究者は、研究成果を挙げることはもちろんですが、それとともに、研究の面白さを子供たちに伝えるという使命も必要です。
専門家の中だけで認められていれば、研究者としての地位は保てますが、次世代の研究者を育てるためにも、研究成果を社会に向けて、わかりやすく発信することが必要です。 |
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著者プロフィール |
江馬 一弘 (えま かずひろ) |
上智大学 理工学部機能創造理工学科東京大学工学部卒業、同大学院工学系研究科中退、東京大学助手・講師を経て現職。専門分野は光物性、非線形光学、超高速光エレクトロニクス。著書に『人に話したくなる物理』他、Newton別冊の監修など。
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