Q.1 |
本川さんは、ご自分で人気サイト「社会実情データ図録」を主宰されてらっしゃいますが、始められた理由は
なんですか?
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愛着をもって勤めていた(財)国民経済研究協会というシンクタンクが2004年に解散することになり、これからは自分で調査や研究の発表の場をつくっていかなければと思ったからです。インターネットという画期的なコミュニケーション手段が発達してきていて、ひとびとが個人個人で参加しながら巨大なものを作りあげることができる可能性が生まれてきていました。こうした中で、もともと統計データが好きだった私も自分が得意なデータ分析やグラフ・プレゼンテーションの分野でチャレンジしてみたいなと思った訳です。研究のかたちには一般的な「狭く深く」型のほかに「浅く広く」型があってもよいと考えていたのですが、私の体質に合っていた後者の方式(浅いとは思ってませんが)が、幸い社会のニーズに合致し、現在では、「社会実情データ図録」は月間100万ページビュー以上と好評を得ています。
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データ数値の羅列を見ても何も分かりません。それらを抜き出し、並べ替え、集計した後、表にしたり、パーセントを求めたりしてはじめて何かの特徴が分かってきます。私がリサーチャーをはじめた頃はこんなやり方で終始していましたが、今は、コンピュータが発達し、デジタル化されたデータをそのまま引き出し、すぐ、いろいろな形でグラフ化することができるようになりました。この結果、以前より、データがあらわしていることを読みとりやすくなったと感じています。思いもよらなかったことをデータが明らかにしていることに気がついた時はさすがに興奮します。私にとってデータは、古生物学者にとっての化石、探検家にとっての未知の土地、作曲家にとっての新しいメロディーなのです。それらは作り出すものなのではなくて探求の中で出会い、発見するものです。いままで世の中に知られていなかった真実をそれらが語り出すとき、リサーチを続けていてよかったとつくづく感じます。
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Q.3 |
これまで色々な統計データを見てきた中で一番びっくりした、
意外だと思った結果が現れていたデータは何ですか? |
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いくつもあります。
@以前女性は男に生まれ変わりたいと思っていたのに今は女に生まれ変わりたいと思っていること、
A男は太る一方で女は痩せる一方なこと、
B日本人の男は世界で唯一父親を越えたと思っている割合が5割以下であること、
C日本人は仕事のストレスが他の先進国と比べて小さいこと、
D低下傾向にある血圧や食塩摂取量がバブルの一時期上がったこと、
などなどです。いくつかを今回の教材で紹介します。 |
Q.4 |
統計データをグラフに加工する際、人それぞれの流儀というか手法があるのではないかと思うのですが、本川さんが気をつけていること、こだわっている点を教えてください。 |
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そんなこと不可能だと思われるかもしれませんが、なるべく恣意的なデータの取り出しを避けて、データ自身が何を語ろうとしているかを聞き取ろうと心がけています。例えば、多くの国のデータが存在している場合は、G8など主要国だけに限定せず、あるだけの国についてグラフを描きます。非常に多くの国のデータがあるときは大陸別に並べ直して全部の国のデータを描いてみます。また、時系列データでは、なるべくデータが存在する最初からの長い時系列でデータを描いてみます。短い期間で描いてみて確信した傾向が長期的に見ると何と短視眼的な見方かに気づかされることがたびたびだからです。その後、だいたいの場合はそんなに多くの国や年数でのグラフは不格好だということで、全体の傾向を代表的にあらわしている国数や年数で最終のグラフを作成することになります。これは、最初から少ない国、少ない年数でしか描かなかった時の視野の狭いグラフより勝れていますし、ましてや、意図的に自分の主張に合わせて適当に国数や年数を限定したインチキ・グラフとは比べものになりません。浅はかな統計グラフはいずれ馬脚をあらわすことになるものです。
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Q.5 |
世間一般の人々のデータやグラフに対する態度の傾向について、流されやすいな、とか、なにか感じるところはありますか? |
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最初から既成概念や通念に沿ったデータやグラフばかりが取り上げられることにうんざりしているのは私だけでしょうか。また、増加傾向を際立たせるため、年数をあらわすX軸を短く取り、値の変化をあらわすY軸を長くしたような意図的なグラフも多くなっています。テレビなどでグラフが取り上げられるときには、単系列の増加ないし減少グラフ、また複数地域の単純な比較グラフが多く、それも都合よい年次と都合よい国が選択されていることがほとんどです。グラフやデータは、ポンチ絵や漫画と同様に分かりやすさを増す説明資料とだけ捉えられていて、いわばグラフやデータのもつ説得力が悪用とまでいわないものの乱用されているケースがしばしばです。どうしてもっと当たり前なことではなく、意外なこと、あるいは、忘れていた真実、もっと勇気がわいてくるような傾向など、我々を取り巻く状況の多様な姿をあらわすことができる可能性の大きい有意義な存在として扱われないのか、残念でなりません。
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Q.6 |
総務省がいろいろな統計データを取っていたりしていて、日本政府は私たち以上にデータに現れている現状を把握はしているはずです。本来的に、そうしたデータはどのように公開、活用されていくべきなのでしょうか? |
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政府は統計データを比較的に公平にまた科学的に収集しており、原データは今やインターネットで誰にでもアクセスが可能です。しかし、政府の各省庁は自分に都合のよい方向に統計データを使います。支出を抑えたい財務省は世界と比べ公共工事の多かった時には対GDP比のデータ・グラフをさかんに使いましたが、公共工事が少なくなった現状ではそうしたデータはおくびにも出しません。電力自由化政策の成果を誇りたい経産省は電気料金が他国と比べ安くなるとはじめて電気料金の各国比較のデータ・グラフを白書に出します。 |
省庁が行う新しい統計データの発表は省庁が原データとともに概要を「結果の概要」という形でまとめて公表し、マスコミはこれに沿って報道を行います。省庁の発表は、当たり障りのない結果か、自らに都合の良い結果が多くなります。
マスコミが独自の観点から原データを読みとって報道することは余りありません。政治家が統計データにふれるのはマスコミを通じてか、省庁の官僚のレクチャーによっています。
従って多くの場合、省益に沿う形で理解されます。各官庁の省益が相互にぶつかるところから真実を見出す他ありません。政治家やその秘書が自らの観点で統計データを分析することはまずありません。社会運動家や学者は自分の主張や理論に適合的なようにデータを加工して発表したり、論文を書いたりします。こうして、統計データから潜在的に読みとれることのほんの一部しか世にあらわれていないというのが実態です。国民の一人一人が統計データに対するリテラシーを高め、自らの観点でデータを読みとり、自信をもってこれを発表することが大切です。ITCの発達により、そのための情報環境は整っています。「社会実情データ図録」はその実例の一つです。 |
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著者プロフィール |
本川裕(ほんかわゆたか)
アルファ社会科学株式会社 主席研究員
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東京大学農学部農業経済学科卒。
元、財団法人国民経済研究協会 常務理事研究部長。
現、アルファ社会科学株式会社 主席研究員、立教大学兼任講師。
著書に『統計データはおもしろい! -相関図でわかる経済・文化・世相・社会情勢のウラ側-』、『統計データはためになる! -棒グラフから世界と社会の実像に迫る- 』がある。
「社会実情データ図録」主宰。http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/index.html |
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